檜枝岐歌舞伎

280年以上も伝承される伝統芸能

檜枝岐では280年以上前の江戸時代から村民歌舞伎の伝統が続いています。上演は演者から裏方まですべて檜枝岐村の人々。5月の「愛宕神祭礼奉納歌舞伎」、8月の「鎮守神祭礼奉納歌舞伎」、9月「歌舞伎の夕べ」と年3回の公演になります。


村民の歌舞伎、座名は「千葉之家花駒座(ちばのやはなこまざ)」

檜枝岐歌舞伎は現存する浄瑠璃本の資料などから想定すると、江戸時代中頃にお伊勢参りの道中で観た歌舞伎を村人が持ち帰って広めたのがはじまりとされています。以来、長い月日のあいだ村人たちが演目や演技の情報を少しずつ持ち寄って芸の練度が高められてきました。
座の名称は千葉之家花駒座。座長は現在11代目の星昭仁氏で、座員は30名ほどです。座員は日々の仕事のさなか、寸暇を割いて稽古に打ち込んでいます。檜枝岐歌舞伎はその伝承が認められ、平成11年に福島県の重要無形民俗文化財に登録されました。檜枝岐歌舞伎の歴史については歌舞伎伝承館にさまざまな展示があります。

戦前までは日本各地で見られた農村歌舞伎も、現在まで伝承されているのは檜枝岐などわずかになります。

歌舞伎伝承館「千葉之家」。檜枝岐歌舞伎の歴史資料が収められています。

檜枝岐の舞台

檜枝岐歌舞伎の上演場所となる檜枝岐の舞台は、村を鎮守する鎮守神社の境内にあります。明治26年の大火で消失し、現存の舞台は明治30年頃に再建されたものです。全村火災という大災害に遭いながらも、当時の貧しい暮らしの中で村民が総力を上げて建てたことが偲ばれます。現存の舞台は昭和51年に国の重要有形民俗文化財に指定されています。

檜枝岐の舞台。正面から見ると上部に破風があり、入母屋造に見えますが、前面に廂がある切妻造で、軒端の様式が檜枝岐独自の形状を示し「兜造」と呼ばれています。
観客席。せり立った斜面に当時の農村舞台を偲ばせる石積みで造られています。合間の大木が歴史を感じさせます。